『意志をつぐ者達へ』
      〜 月 光 〜

      〜Travling.〜

〜風にまたぎ月へ登り僕の席は君の隣りふいに我に返りクラリ春の夜の夢のごとし(H.U)〜

また、イケ無い病気が始まってしまった、白だと思っていた毎日が黒に侵されて行く。
「シノギヲケズル サーキットニダッテ エスケープゾーンガアルダロ?」
週の始め、同僚とのランチでの何気ない会話の中の一言が、週末まで引っ掛かっている。

そんなグレイな週末、エスケープしたいという、罪悪感を周囲に悟られぬようにネクタイを少し緩め、淡々と仕事を整理し始める。

彼女との約束もキャンセルした休日の早朝、自宅前で水蒸気の白い煙りをリプレイスのマフラーから上げながら暖気するBIGスクーターマジェスティ。
我がままで唐突なひとり旅を急に申し出ても、少しすねた表情でディナーの約束(夜景が見える。が条件だが…)だけで許してくれる、
そんな理解あるスイートな彼女に選ばせた、白の外装のマジェスティーにひとり分の旅の装備を詰め込み、まずは通勤電車の中から見える橋の途中にある、北へ伸びる高速のスロープを目指す。

自宅から三つ橋を跨ぎその高速のスロープに辿り着き、700円を支払い、スロープを駆け上がる。
本線に合流し加速して行くと、単純にも気分が反比例するように軽くなって行くような気がする。

現在の加速する交通社会の中では、250cc単機筒のマジェスティは最低限のスピードしか得られない為、追いこし車線にウッカリ入ると、時間と競争し恐ろしく急いでいるトラックドライバーや、完全武装した中年暴走族達の餌食になってしまうから、大人しく「左側」をキープするが、オートマチックの250ccは、目的の無い独り旅には向いているのかも知れない。

環状線から北へ連結する高速に入る。
走り去るフェンスに阻まれた単調な風景を眺めながら走っていると、向かう先の空は雲行きがアヤシイ。
しだいにスピードに退屈になってくると、やがて七つの光が混じり合うイメージにかられ次第にそれまであった日常の記憶が沸いてくる,
いよいよセンタクの時だ…。

様々な自分の記憶を見つめなおしながら走りつづけていると、ヘルメットのバイザーに雨が落ちてくる。
ゴアテックスのポンチョをアウターに着込んでいたので、雨は気にせずにそのまま走りつづけるが、ふと気付くと燃料計がうなだれている。
ひとり旅の相棒マジェスティと同じに自分の腹のムシもうずくので、次のPAに入る事にする。

PAのレストハウスで朝食兼遅い昼食を取り、マルボロをふかしながらツーリングマップを広げる。
今夜の寝床を頭に入れながら地図を見ていると、自分が北上して来たルートと同じ様に連なる大きな川がある。
コーヒーを飲み干して、地図上のその川を南へなぞって行くと自分の生活する日常の方まで伸びているようだ。
今度は逆に、今居るよりも北へなぞるとその川沿いの温泉の沸く町の奥にキャンプ場があるようだ。
なんと無くそこを目指す事に決める。

PAのスタンドでガソリンを満タンにし、雲行きを確かめると通り雨だったようで、気を取り直し定めた目的の高速の出口を目指し走り出す。

高速を降りた後、下道をしばらく走り、目的地の町に差し掛かかる。
キャンプ場に向かう途中にある温泉場の公共浴場で風呂につかって行く事する。

風呂にはまだ時間が早い為か、脱衣場は誰も居ない。
少し得をした気分で賭け湯をし、白い湯気が立ちのぼる1人には大きすぎる湯舟に身を沈める。

しばらく公共の場での独りの時間に税に浸っていると、しばらくして一人の爺さんが入って来る。
会釈をすると爺さんは自分のつかっている斜向かいにつかると笑顔で語りかけてきた。
「おもての白いオートバイはおたくのかね?」
「そうですけど?」
「オートバイはいいねぇ〜、どこでも「ぴゅっと!」いけるからなぁ〜。」
「ええまぁ〜。」
「習志野とはどこのじゃね?」
「千葉県ですよ。」
「ほぉ〜そりゃ〜そりゃ〜車でもよう往かんのに千葉から単車でよう来なさった。」

そんな、オートバイに乗っていると良くある会話の後、爺さんは自分の事を語りだした。

爺さんは温泉堀りの職人あがりで、元々はここの土地の人間では無かったそうだ。
様々な理由で廃業を迫られていた当時、引退をまじかにここの温泉を掘ったそうで、引退した後にここに骨を埋める決心をし、この土地へ移りすみ、それ以来、毎日この湯につかっているそうだ。

なんでも、温泉を掘った当時は、村おこしの期待が込められた温泉工事に期待が高く、町を上げてのそれは昼も夜も豪華絢爛な工事関係者への接待だったそうだ。

そして、当時、世話人の中の一人の女性が今のカミサンだともおしえてくれた。

私は、爺さんと爺さんの浴場を後にしながら、日本中の温泉を掘りつづけながら旅を続け、温泉が湧くように、ごく自然に安住の地を見つけたんだなと、少しうらやましく思えた。

陽が暮れる直前に、キャンプ場に着き、ソロのテントを広げる。
その晩は、自分の白い息を溶け込ました満天の星空と乾杯し、白い満月と語らいながら肌寒さを肴にし、今日、出会った爺さんの人生を少し思いながら眠りに就いた。

 

〜 月光〜

《 Travling. 》

 

APR.2002 , neil. proof copyright.